大元さま 宗忠神社

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岡山に〝大元さま〟として知られる「宗忠神社」がある。

JR岡山駅から車で十分ほどの市街地に鎮座している。境内は楠の古木につつまれ、鳥居から拝殿に続く石畳には松が並んでいる厳かなお社である。

ご祭神は宗忠大神で、黒住教の教祖である黒住宗忠のことである。その生誕地に、明治18年(1885)に建立された。

拝殿
本殿

社号石碑は、日露戦争で総指揮を執った東郷平八郎によるものだ。ご祭神の教え、「身も我も心もすてて天つちのたったひとつの誠ばかりに」の御神詠にいたく感銘し、旗艦三笠の上で全軍を指揮しながら、この御神詠を吟じ続けたという。そして、見事に日露戦争に勝利した。

東郷平八郎元帥書のよる社号石標
社号石標の奉献内容

ご祭神の黒住宗忠は、江戸時代に備前國御野郡今村宮の禰宜の三男として生まれた。33歳の時、両親を亡くし自らも不治の病であった労咳(肺結核)を患った。

その大病のなか、文化11年(1814)の冬至の日に朝日を拝んだ時、お日様が飛び込んできてゴクンと飲み込み下腹に収めた。この時、すべての命の親神である天照大御神と一体となられた。

そして、天照大御神の御徳を世の人に伝え始めた。嘉永3年(1850)に亡くなったが、その後も教えは広まっていった。

生々館(黒住教武道場)
仲陽館

黒住宗忠の〝日拝〟は聞いたことがあった。 その教えはよく知らなかったが、「神道の教えの大元」と称されている。その為に、この神社も〝大元さま〟として親しまれているという。

安政3年(1856)には、朝廷より「宗忠大明神」の神号を下賜されている。また文久2年(1862)には、孝明天皇の仰せにより勅願所として、京都・神楽岡に宗忠神社が建立された。

「開運の神様」と称され、天皇、公卿にも崇敬を受けたその教えを知りたくて、黒住教の本部を訪ねた。

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