感謝・感動・歓喜!

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昔ながらのかつお節(2) ~焼津・ヤマ十増田商店~

かつお節にするための鰹は、油が少ないものがよいという。日本近海では、南から北上してくる春の初鰹と、北から南下する戻り鰹がある。どちらも脂が乗っていて、かつお節には適さない。 現代では、主に赤道付近で獲れた脂の少ないかつおが使われてい...
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昔ながらのかつお節(1) ~焼津・ヤマ十増田商店~

いろは君はかつお節が好きだ。 豆腐やほうれん草のおひたしなどを食べる時、その都度、かつお節を削って食べている。削り立ては、風味が豊かだからだ。 二年ほど前、かつお節の産地・焼津で、昔ながらの手火山造りの製法を守り続けている「ヤ...
コラム

山本有三 たった一度しかない人生(3)

記念館には、「有三のことば集」が多数掲げてある。 「勇気を失うな 心に太陽を持て」 「人間はな人生という砥石でごしごしこすられなくちゃ光るようにはならないんだ」 「人生は死ぬことじゃない、生きることだ これからのものは、...
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山本有三 たった一度しかない人生(2)

山本有三先生は、明治二十年(西暦1887年)生まれで、大正から昭和にかけて活躍した劇作家、作家である。また、後年は文化人・政治家としても活躍した。 裕福な呉服商家に生まれた。子供の頃、芝居好きの母に連れられて、街にあった明治座で歌舞...
コラム

山本有三 たった一度しかない人生(1)

群馬県・高崎駅と栃木県・小山駅を結ぶJR両毛線に乗った。 古代、群馬県は上毛野國、栃木県は下毛野國と言われていた。その名残で、この二つの地域を両毛という。 始発の小山駅から二駅目の栃木駅で下車した。駅前ロータリーに石碑があった...
コラム

霞ヶ浦『予科練平和記念館』(3)

七つの展示室で最も印象に残ったのは、最後の「特攻」である。 戦局が悪化した昭和十八年(一九四三年)頃から、「予科練」の採用人数が急増し、全国に練習航空隊が次々と開かれた。次第に、航空機も不足し、充分な訓練をすることができなくなってい...
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霞ヶ浦『予科練平和記念館』(2)

館内に入ると、七つの展示室がある。 一つ目の「入隊」からはじまり、七つ目は「特攻」の展示室になっている。予科練生の制服が、世界の七大洋を表す「七つボタン」だったからだ。桜と錨の模様を打ち出した金ボタンには、海を越えて大空を駆け巡る大...
コラム

霞ヶ浦『予科練平和記念館』(1)

茨城・霞ヶ浦の南側、稲敷郡阿見町に「予科練平和記念館」がある。 戦前、この地に「海軍飛行予科練習部」(通称:予科練)があり、全国の予科練教育・訓練の中心的な役割を担っていた。 令和二年度のNHK朝の連続テレビ小説『エール』で、...
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生涯を一つのことに捧げる人生に感動!             ~小池邦夫さん、岡田紅陽さん~

外国人に人気の「富士山撮影スポット」に忍野八海がある。 コロナ禍前は、アジア、欧米からのインバウンド客で溢れていた。が今はうって変わって静かで、もともとの富士山信仰の巡礼地である雰囲気を感じることができる。その近くの「四季の杜 おし...
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浜松城で出世を願う(3) ~元城東照宮~

「出世祈願」で浜松城を訪ねたからには、もう一つ行きたい場所があった。 家康公を祀る「元城東照宮」だ。この東照宮は、明治十九年(一八八六年)、旧幕臣の井上八郎(延陵)氏が創建したものだ。もともと、浜松城の前身、引間城本丸があっ...
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